子育てが終わって、これからが私の独り歩きです!


by razuberi3
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*24時間テレビで見た方がいらっしゃると思いますが、苫小牧の小児脳神経外科医、高橋義男先生が紹介されていました。Kも生後から小学6年生迄、主治医でした。自宅から車で6時間の道のりを、娘とKと3人で通いました。行く度に、娘とKに必ずお菓子のプレゼントがあります。Kは、嫌な検査もよく頑張りました。テレビでは、今年はたくさんの脳性麻痺のかたが紹介されていました。皆とてもがんばっているなあ〜と思いながら、自分があるいてきた時間がよみがえってきました。Kはイベント参加で、見る事が出来なかったのですが。。。

 もう17年も前に「脳性麻痺だぞ〜」って診断の後に。。。

 例えばデートのときに女の子ならグラスを持つ手の小指が立つとかわいいっしょ?

  これが男なら「あんたは、おかまか!」って思うでしょう。。。

トム)確かに...グラスを持てば小指が「ピン!」だもな〜〜〜

先生)「脳性マヒ」の症状として、Kは「緊張」が入ると「筋肉がキュン!」と縮んだり〜ビーンとつっぱったりするだろう。それは無意識になるときもあるし、心の変化によっておこる事もある。痛い時*恐い時*びっくりした時*興奮した時*悲しみ*怒り*失望など、心の変化の瞬間に、体の筋肉が「きゅん!」とか「びーん!」とか激しく力が入るよな。。。難病についても、遺伝子治療という方法もあれば、無菌室での隔離という方法もあると。。。そして自宅での管理という方法もある。Kにもきちんと説明した上で、自宅で家族とくらして行きたい!という気持ちを尊重してくれました。


 24時間テレビの中でも、脳性麻痺の女性が「動けなくなる事が恐い!」と答えています。

 それは石のように。。。固まってしまう!

 当然、その緊張が抜ける迄。。。次の動きはできません。このときは、話しかけられても返事も出来なかったり、声も出せなかったりするんですが。。。4歳から訓練して、自分で緊張を抜く事を覚えさせました。

 Kは、たいていの「緊張」は自力で抜きます。

 それは呼吸法だったり、、、意識コントロールであったりするんですが〜親子で研究した成果!! でも、ちょっとしたコツがいるんです。

 皆一様に出来る事ではなく。。。緊張の入り方も違うし、入る筋肉も違うし、タイミングも違うので。。。緊張の抜き方は、本人が研究して体得するしかありません。理学療法士から「自力で緊張を抜く指導」をされた事がないのは、そこに原因があるのかもしれませんね〜

 一般の社会では「数秒」で進んで行く事が、Kには数分必要だったりするんです。その違いを学んで工夫してほしくて、普通学級へ入れてきました。平身低頭お願いしてきたのはKを理解してもらうだけではなく、「Kに体得させたかったんです!」

 書くのが遅いなら、その分答えを早く出すとか。。。辞書をめくるのが大変なら、一度ひいたことは暗記するとかメモするとか、いくつもの知恵をつけてきました。他人に求めるのではなく、Kが社会に出たときに困らぬよう! なじめるよう! 健常者のスピードでやり遂げる為の知恵をつけるようにそれを一番に考えてきました。

 ただ障害を理解してくれ!とか...

 障害があるからこれは出来ないとか...

 障害を理由に断ってきた訳ではなく...

 だからって健常者と同じになろうとした訳ではなく。。。

 方法を変えると同じように出来る事があるのなら、やってみようね! 

 そんな気持ちでやってきました。

 24時間テレビを見る事で、新たな情報も知りました。そして新しい気持ちも、芽生えています。病気である事が、体の一部のようになっている私たちです。

 克服する事を考えるより、仲良く共存して行こうと思っていましたが。。。

 今出来る事をやっていく!って歩き始めたKの気持ちがとても嬉しくて、頼もしくて、

 やっぱり治る日を夢見てしまいました〜〜〜

 うっとおしい親にはなりたくなくて、高校生になってからは病気の事も注意はしません。話題にもしないし。。。本人の管理に任せきっています。最近は出血の回数も聞いていません。

 でもなあ〜目を離せばやらかす君に。。。

   親心もしってくれ===!!
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by razuberi3 | 2008-08-31 14:06 | ITP

頑張れ ITP!!

頑張れ ITP!!

 僕の病気は。。。<ジョナサン・デイヴィス>と同じ。。。

 KOЯNのジョナサンは去年、「特発性血小板減少性紫斑病」で倒れました。。

 突然...血小板が減少して、出血すると止まらない難病です。。この病気は、完治が難しい病気です。

 たまたま、僕は合併症や障害がある為にリスクが大きいといわれています。

 12歳くらい迄の命と言われましたが、記録更新中です。

 でもこの病気だからといって『死』が目前にあるわけではありません。どんな病気も、生死の危険はあります。ですからこの病気を検索していて、ここを見たからといって自分が死の病いだとは思わないで下さいね! 

 病気はいつも、いろんな個性を持っています。

 それぞれの危険の具合は、その人によって違います。難しい病気と知って、恐れないで下さいね。なおらないものなら、上手につきあっていきましょう...

     解決の糸口が、きっと見える明日をめざして!!



「夏の甲子園」の出場権をかけた第90回全国高校野球選手権記念大会は23日、東京、神奈川、千葉、埼玉、静岡各地で行われ、炎天下のもと、熱戦が繰り広げられた。 ◇ ◎…

<東京>悔しさ、感謝、喜び…。さまざまな感情が交錯し、涙が止まらなかった。

 最初で最後の夏が終わった。

 神宮球場で行われた準々決勝。

 関東一に3-1で敗れると、日体荏原3年の中里吉徳は崩れるようにしゃがみ込み、泣きじゃくった。

  1年の6月に特発性血小板減少性紫斑病という病に襲われた。血小板が極端に減り、血が止まらなくなる危険性もある難病だ。
 12月には入院し、脾臓(ひぞう)の摘出手術を受けた。

 退院してからも、血小板の数値を毎週検査する必要があり、野球の練習も満足にできなかった。

 それでも地道な努力が実を結び、2年秋にはレギュラーを獲得した。

  この日は、3打数ノーヒットだったが堅い守備でチームに貢献。

 入院中、野球に関する本を貸してくれた監督。

 退院後の自分を受け入れてくれた仲間。

 いつも支えてくれた家族。

 感謝の気持ちでいっぱいです」と声を震わせた。
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by razuberi3 | 2008-08-08 19:51 | ITP